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【アラベスク】  第2章 真紅の若葉



第2節 丘の上の貴公子 [8]




 言われるまで、気付かなかった。そして、言われて自分でもそう思う。

 なんでだろう?

 だが、頭に浮かぶ疑問に、必死で説明をつける。
「べ、別に…… アンタ達がそんな顔でふーんとかへぇとか言うからでしょうっ」
 的を得た山脇の言葉に当たるかのような言い草。山脇は思わず苦笑する。
「そう言い返してくれると、逆に安心するよ。ちょっと悲しいけどね」
「なにがよ?」
「君らしくって。残念だけど、それが今の君らしさだからね」
「ありがとっ」
「褒めてるワケではないんだけど…… ね」
 そう言ってひょいっと肩を竦める。
「で? これからどうすんの?」
「これから?」
「そっ」
「全焼だろ? なーんにも残ってないワケ?」
 聡が両手を広げる。美鶴は、火事場の跡へ視線を送った。
 何か残っていたところで、所詮使い物にはならないだろう。
「無理ね。何かが残ってるとは思えない」
「じゃあさぁ」
「何よ?」
「学校行けないじゃん」
「ですね」
「どうすんの?」
 そこで再び言葉を失う。霞流慎二の顔が脳裏に浮かぶ。

 お世話になることに…… そういうコトに、なるのだろうか?

 確かに彼とは、全く知らない関係ではない。だが、それほど親しい関係でもない。
 一晩泊めてもらっただけでも十分世話になったと言える。その上、生活用品その他まで用意してもらうなど………
 霞流の申し出、どこまでが本気なのか? 疑いたくもなる。
「美鶴?」
 呼ばれてようやく、我に返った。
「どした?」
 見上げる先には、聡の小さな黒い瞳。今日は髪をきっちりと後ろで束ね、届かなかった前髪だけが、浅黒い小顔の脇でチラチラと揺れている。
「おいっ」
「あ、あぁ」
「何だよ? どうしたんだよ?」
「別に……」
 返答を口にしながらもどことなく(ほう)けたような瞳に、山脇が探るような声で尋ねた。
「何か、アテでもあるの?」
 またもや心を覗かれたようで、美鶴は舌を打つ。
「その分だと図星だね」
「イヤな性格」
「性格とは関係ないと思うけど」
 大きな瞳を少し細めて、小首を傾げる。
 彫りの深い少し日本人離れした顔つきに、(つぶ)らな瞳と濃い眉がよく似合う。真っ黒な髪は邪魔にならないよう、程良い長さでサラリと風に流れる。
 一見優しいだけのような風貌だが、口を開けば意外とはっきりモノを言う。アメリカという地を経験しているせいだろうか?
「で? アテって?」
「……アンタ達には関係ないでしょう」
 その言葉に、山脇は片眉を上げる。
「今さら、らしくなる必要もないんじゃない?」
「ヘンに探られるのも嫌だからね」
「別に探ってないよ。言わないと余計に探るよ」
 脅しかいっ
 だが山脇の凛とした視線が、本気であることを物語っている。
「………霞流さんが、用意してくれるって」
「はぁ?」
 聡が()頓狂(とんきょう)な声で身を乗り出してくる。
「なにそれ?」
「だからっ!」
 イライラしたように吐き出す。
「霞流さんが、制服とか用意してくれるって言うんだよね。もちろんそんなつもりはないんだけど…… だけど………」
「だけど、他にアテもない」
 美鶴の消え入りそうな語尾を受け取って、山脇が言葉を締めた。
「ずいぶんと親切だねぇ」
 言われなくてもわかってるわよっ!
 心内で毒づく。
 そんなことは、言われなくてもわかっている。
「何者?」
 唐突に問われて美鶴は、いや美鶴だけでなく聡も目を丸くする。
「はい?」
「だから、その霞流って何者?」
「あー、なんか昔からの金持ちみたい。よくはわからないけど、製糸業だったかな? そんなことしてる家だったような……」
 昨夜説明された事柄を、再び思い返す。
「いや、そうじゃなくって…… まぁ、それもあるんだけど」
 なんともまとまらない山脇の言葉に、二人は首を傾げる。
「何? どっちよ?」
「つまり、霞流って家もそうだけど、その霞流って人がどういう人なのかなって思ってさ。若いの?」
「と思うよ」
「いくつ?」
「知らない」
「働いてんの?」
「だと思うけど。学生じゃないと思うよ」
 確か、学生ではない… というようなコトを言っていたような気がする。
 でも、はっきり違うとは言っていなかったような……
「でもさ、話に聞くところじゃあ、相当若いよね?」
「…… 相当ってのがどのくらいなのか、よくわからないんですけど」
 少なくとも、自分達と十歳は離れていないだろう。脳裏に、朝日を背に浴びる霞流慎二の姿が浮かび上がる。
「そんな人がさ、勝手に家に女性を二人泊めて、身の回りの世話までって、できるのか?」
「なんか両親とは別で、お祖父さんと二人暮らしだって。あ、あとお手伝いさんと」
「ふーん、つまりはボンボンだね」
 ボンボンという言葉に、美鶴はなぜだか腹が立った。
「別に、そんな言い方ないんじゃない?」
「なに? 庇うの?」
「庇ってなんかないっ」
「金持ちは嫌いなんじゃないの?」
 グッと言葉に詰まる。
 山脇はその姿にチラリと視線を投げ、崩れた木材の山に目をやった。
 これ以上この話題に触れては、美鶴の逆ギレを受けてしまいそうだ。
 そもそも霞流という人物について、今ここで論議しても、答えが出るワケではない。
 だが、本人は気づいていなくとも、心のどこかで霞流を信じているような美鶴の態度は、山脇には納得できなかった。

 気に入らないな







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